こまだこまのロバの耳ブログ

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証明写真と美容室にメンタルやられるって話。

証明写真と美容室は、容赦なく現実を突きつけてくるものだ。

 

先日運転免許証を失くしたので再交付のため、運転免許試験場近くの写真屋で、申請書類に貼るための写真をおばちゃんに撮ってもらった。そして、できあがった写真を見て案の定ダメージを受けた。

たるんだフェイスライン、ほうれい線、というかそもそも顔がでかいという事実を再確認させられる。さらに、免許証の再交付に関する指示を、なぜか偉そうに早口でまくしたててきたおばちゃんに対する苛立ちまでもが微妙に表情に現れていて、愛嬌のかけらもない。これが自分の顔なのかと思うとやりきれない思いだ。

 

わかってはいたが、証明写真の恐ろしさをあらためて知る。たるみやしわ、シミなど普段見なかったことにしていたり、脳内で自己像を勝手に修正したりしている私のなんと愚かなことか。これが現実だ、直視して受け入れなければならないと自分に言い聞かせ、無理やり気をとりなおし運転免許試験場に向かう。

そしてまた写真である。

免許証の写真というのは流れ作業的に撮られるし、過去の経験からみてもさっきの証明写真よりひどい出来になる可能性は相当高い。心してかからねばならない。

 

決意を胸に写真を撮ってもらい一時間後、受け取った免許証を見てまた大打撃を受けたことは言うまでもない。

さっきより顔がでかくなっているのはどういうことだ。今の彼氏、過去の彼氏たちに対して、自分とお付き合いしてくれたことに自然と感謝の念がわいてくるほどに顔がでかい。本当にありがとうみんな……。

 

美容室に行ったときも同様のダメージを受ける。白い布をすっぽりとかぶせられ、洗髪後にオールバック状態になって大きな鏡と向き合い、自分の顔のでかさとブサイクさを再確認させられる時間に耐えられない。好きになった人が美容師だとしたら、その人が働いているお店には絶対に行かないだろう。

ただ、写真のように物として残らないので、ひとたび美容室を出ればさっきのブサイクだった自分はなかったことにして、颯爽と街を歩くことも可能なので証明写真よりはまだダメージが少ないが。

 

臭いもののにおいをつい何度も嗅いでしまうように、再交付された免許をたびたび取り出して見ては、ため息をつく。次の免許の更新は、来年だ。