こまだこまのロバの耳ブログ

旅行と生活。ときどき読書。だいたい酒。

主体性がない。上等です。

主体性がない、というのはだいたいいつも悪いことのように言われる。
「あなたには自分の意見ていうものがないの?」
「あの子はいつも人に流されてばっかり」
などなど。

そんなことを言う人たちに対してはいつも心のなかで、
「自分の意見がなんぼのもんじゃい」と思っている。
そんな大層なもんか「自分の意見」とやらは。


私が積極的に主体性をなくすのは、旅先だ。いちおう一日の予定をざっくりとはたてるけど、それがいつ変更になってもかまわない。
というか予定通りに行ってしまうとつまらない。

予定通りに行くということはつまり、「自分の範囲内」で終わってしまうということで、外からの要素がない。それではおもしろくないし旅行に来た意味がない。


15年くらい前、初めてひとりで沖縄に行ったときのこと。
首里城に行こうと乗ったタクシーの運ちゃんに行き先を告げると、のんびりとした口調で「首里城なんて行かなくていいさ~、オジサンと飲みに行こうね~」と言われた。

まったく予想していなかった返事にぽかーんとなったが、首里城にさほど思い入れのなかった私は、飲みに行くことにした。お酒をごちそうになる方が楽しそうだ。
もうすぐ仕事終わるから待ってて~とスーパーで降ろされオジサンを待つ。
まだ日の高いうちから居酒屋に行って、そのあとはスナックをはしご。結果的にとても楽しい夜になった。


主体性をなくすと、自分が想像もしていなかったような景色が見られることもある。「自分の意見」にこだわっていたら絶対に見られなかった景色だ。
最初に自分が思っていた場所から離れれば離れるほど、私は楽しくなる。


こういう話をすると今度は、ドMだなんだと言われたりするけども、ドMほどわがままなものはないと思うんだけどどうなんだろう。


あれから何度か沖縄には行っているが、首里城にはまだ一度も行ってない。