こまだこまのロバの耳ブログ

旅行と生活。ときどき読書。だいたい酒。

結婚は修行か?将棋の感想戦のように話し合いたい。

しばらくインドに住んでいた女友達がインドでの仕事を辞め、帰国したのでひさしぶりに会った。

 

彼女は登山が好きで、仕事を辞めたあと

「キリマンジャロが呼んでる」

といつものアレな発言を残して、キリマンジャロへ旅立った。

 

そして彼女は無事登頂し、わたしは目黒駅前のカフェでおみやげのキリマンジャロ(コーヒー豆)を受け取ったのだった。

 

結婚は修行か?

彼女とは数か月ぶりに会ったのでいろいろと話すことはあったが、メインは

「結婚について」

 

彼女は33歳。わたしは35歳。

 

一応わたしは年内に入籍する予定で、彼女も来年の3月の自分の誕生日にあわせて入籍するという。

 

が。

 

彼女の旦那になる予定である人の話を聞いていると大きなお世話ながら心配になってきた。

 

********************

 

彼はバツイチで、元奥さんが妊娠中に離婚して彼女とつきあいはじめた。

離婚後、彼は実家にもどった。

実家には、成人した男3兄弟全員が住んでいる。

 

元嫁の方にいる娘の養育費は、彼の口座から、なぜか彼の母親が毎月入金している。

 

彼と彼女は長いあいだ遠距離恋愛だった。

彼は「結婚したら家事は一切やらない」と彼女に宣言している。

だが、彼女には働いてほしいと思っている。

(彼女も仕事はしたいと思っている)

 

彼が、結婚指輪は彼女の好きなものにしたらいいというので、彼女が

「フェアトレードをしているジュエリーブランドがあるから、そこで買いたい」

 

と言うと、

「そんなわけのわからないところよりティファニーとかの方がいいんじゃない?」

と言われる。

 

 

・・・

・・・

・・・

 

何か議論になっても、弁のたつ彼にいつもその場では言いくるめられ、あとから言い返したいことが出てきて腹が立つ、という彼女。

 

「夫婦っていうのは『ふつうは』~~なもの」

「結婚っていうのは『ふつうは』~~なもの」

 

という言い方を彼はすることが多く、彼が思っている『ふつう』の型にわたしをはめようとしているように感じる、とも言っていた。

 

「それって全然Aちゃんの人格を尊重してないじゃん!」

とムカついてわたしが言うと、

「ハッ!ほんとだ!そうだ!それを今度言おう!!」

と、メモをとりはじめた。

 

 

じ、ん、か、く、を、、、

そ、ん、ちょ、う、し、て、な、い、、、、、、

 

 

手帳に書きつける彼女。

おいおい、大丈夫かよ。

 

 

「結婚は修行だと思う。わたしが登山を好きなのも、自分を困難な状況に置くのが好きだからかもしれない」

「彼を再教育しないと。そういう運命なんだよ」

と彼女は言う。

 

 

登山にはゴールがあるが、結婚生活にゴールはない。

ゴールがあるからこそ困難にも耐えられるんじゃないか?

 

彼女の話を聞かず、言いくるめようとしてくる相手をどうやって「再教育」する?

 

話を聞けば聞くほど、こっちが不安になってきた。

 

将棋の感想戦のように話し合いたい

わたしは、将棋の感想戦のような議論ができる人が好きだ。

感想戦とは、

対局後に開始から終局まで、またはその一部を再現し、対局中の着手の善悪や、その局面における最善手などを検討することである。

 

勝った方も負けた方も、自分のその感情はいったん置いておいて、ふたりで最善手を考える。

 

スポーツにはないふしぎなシステムだなぁと思うが、

敵も味方もなく、ただ「最善手」についてふたりで考える、

っていうのはすごくいい。

 

 

おなじように、

 

「最善手を見つけること」が目的で、

「相手を言い負かすこと」を目的にしない

 

ということが、何かについて話しあうときには大切だと思う。

 

www.komadakoma.com

 ということを、この記事でも書いた気がする。

 

 

先にあげた彼は、彼女の話を聞く限りでは、「相手を言い負かすこと」を目的にしてしまっている人のように感じられる。

 

もしくは、自分の考えこそが「最善手」だと本気で考えている。

 

相手を言い負かした方は一時的にはスッキリするかもしれないが、問題は「解決」されないまま、

言い負かされた方にはフラストレーションがたまり続ける。

 

 

彼のような立場の人はおそらく、自覚もなければ悪気もないので、「再教育」はなにかの奇跡でも起きないかぎり、なかなか難しいんじゃないのかなぁ……と思う。

 

結婚観は人それぞれ

「結婚は修行」という彼女の結婚観については、まったく共感はしないけど否定もしない。

そういう考え方もあるんだなぁ、とただ思うだけだ。

 

 

ひとりとして同じ人はいないんだから、結婚観や夫婦生活についても絶対的な正解や「ふつう」なんてない。

それぞれがそれぞれの「最善手」を探していくしかない。

 

 

と、書いていて今気がついたが、わたしにとっての結婚とは、

「ふたりで最善手を考えつづけること」なのかもしれない。

まだ結婚してないけど。

 

 

その一手が悪手か好手かなんて、あとになってからでなければわからないし、

あとになってもわからないときもある。

 

でもその一手を考えるのも、考える範囲も、ひとりぶんではなくなる。

ってことなんだろうな。

 

・・・

・・・

あれ?

わたし今けっこういいこと言いました?気のせい?気のせいか。

 

 

 

とりあえずわたしは、わたしと彼女の幸せを祈りながら、キリマンジャロを飲む。

 

 

 

 

あなたにとって結婚ってなんですか?

 

 

  

詰将棋は答えがあるからいいですね。