以前、オーナーママと従業員の女の子が二人、という小さなカウンターバーで働いていたことがある。
そのときの常連のお客さんに、51歳独身実家暮らしでひとりっ子、というひとがいた。
ママが銀座でホステスをしていた頃からのつきあいで店に来ていて、外見は端的に言うとハゲ&デブ。
飲みに来るときはいつもひとりだ。
よくよく話を聞いていると、コミュニケーションを金で買い続けてきた人のようだった。
推察するに、彼はおそらく今まで彼女というものがいたことはなく、20代の頃に会社の金で銀座で飲むことを覚え、それ以来クラブ通いをするようになった。
クラブのおねえちゃんに本気でハマり、貢ぎ、ただの太客以上の存在になることはもちろんなく、「失恋」して終わる。
というようなことを何度も繰り返してきたらしい。
彼の話に登場する女性は、いつもどこかの店の女性だった。
何度も聞かされた彼の「女性遍歴」のハイライトは、どハマりしていたクラブのおねえちゃんと一泊二日の温泉旅行に行ったこと。
そして、何もなかったこと。
朝、まだ寝ている彼女を置いて朝風呂に入って部屋に戻ってきたら、
「どこ行ってたのぉ?」
と言われてそれがとてもかわいかったということ。
おそらく「店員と客」という関係でしか女性とつきあってこなかった彼は、店を出てその関係性から逸脱したとき、どうふるまえばいいのかがわからなかったのだろう。
「店員と客」ではなく「男と女」になる、それこそが彼の求めていたものだったはずなのに。
そしてきっとこうなることは彼女にはわかっていた。だからこそ旅行につきあったのだ。太客だから。
彼は、わたしたち従業員には下品な下ネタをいくら言ってもいいと思っていたし、「会社でやるとセクハラになる、ここは大丈夫だもん」と言ってはばからなかった。
そうやって自分が相手を「店の人」としてしか扱わないから、相手からも「ただの客」としてしか扱われない。
ということには1ミリも考えが及ばないようだった。
バッティングセンターにいくら通っても、野球ができるようにはならない。
試合のルールを理解し、実際に試合をして経験を積まなければ、野球はうまくならない。
彼が立っているのはあくまでバッティングセンターのバッターボックスで、試合のそれではない。
いくら通ったところで野球がうまくなるわけではない。
とにかくみっともなくてもなんでもいいから試合に出ろよ。話はそれからだろ。
と思うけれど、51歳という彼の年齢のせいもあるのだろう、高過ぎて脆いプライドを守るために、彼はバッティングセンターにしか行かない。
なるほど接待されることに慣れてしまえば、どんな球がくるかわからない実戦はいかにも危険だ。
それでも、高齢の両親を安心させるために結婚もしたいし子供も欲しいから、嫁は若い方がいいという。もちろん本気だ。
もうなんと言葉をかければいいのかわからない。
お金と最低限のマナーさえあればどんな人にでも居場所を提供してくれるお店の存在は、本当にありがたい。
でもそこにしか居場所がない、というのは健全ではない…というか危ない。
きっと今日も彼は同じバーのいつもの席で、いつもの酒を飲んでいるのだと思うけれど。
バッティングセンターで安心していたかった男が無理やり試合にひきずり出されておそろしいことになっている描写はなんとも言えない…。
コメント
失敗したり自分の限界を知ることを恐れる。
できないんじゃなくて機会がないだけって
自己保身するのは人の常ですね。
妙なプライドは捨ててしまえばいい、そこからはじまるさ
ってミスチルも言ってますし。
恥かいてなんぼですよね。