バカラに淫していく主人公の物語
いままで博打には全く興味がなかった主人公・航平が、たまたま立ち寄ったマカオのカジノでバカラにのめりこむ。
必勝法を求めてひたすらバカラと向き合ううち、正体不明の老人・劉、高級娼婦の李蘭など、さまざまな人たちと出会い、航平の運命は思わぬ方向へと動き出してゆく…。
というお話。
文庫では風浪編、雷鳴編、銀河編の3冊からなる長編です。
沢木耕太郎といえば、『深夜特急』で著者自身がマカオのリスボアというカジノで「大小」というゲームにハマって、旅の初めなのにあやうく旅費を全部溶かしかかったくだりがとても印象的でした。
旅費を全部ここでスったからといってどうだというんだ、そしたら日本に帰ればいいだけのことだ、
「賢明さなど犬に食わせろ」
という言葉も。
本作の舞台も同じマカオのリスボア、バカラについての小説ということで、『深夜特急』でのあのわくわく感をふたたび…という感じで、かなり期待して読みました。
バカラだけじゃダメだったのか
ギャンブルについて書かれたものを読むのが楽しいのは、そうそう、あるあるという共感と、もうひとりの自分をそこに見るからかもしれません。
わたしはバカラはやったことありませんがカジノやギャンブル自体は好きなので、バカラに関する描写は追体験するようでおもしろかったし、共感する部分もたくさんありました。
ポケットの中のチップを握る手が汗ばんでくる感じとか、
テーブルに座ると落ち着いて賭けることができるけど、「見(ケン・賭けないで様子を見ること)」がしづらい、とか
連続して当てている他の客の逆張りをして、ことごとくはずしてしまう主人公のあまのじゃくなところとか、
ささいな描写に、そうそう、わかるーってなります。
「バカラをやっていると、なんだか自分の心を覗き込んでいるみたいな気がするんです」
すると、男は僕の顔をしばらくじっと見て、言った。
「それが、面白いか」
「どうして自分はここで賭けられないのか、どうしてここで賭けてしまうのか」
自分の心を覗き込んでいる、なんていうとちょっと文学的ですが、確かにギャンブルをやると自分という人間が見えてきます。賭け方に人となりが出るというか。
わたしの場合、自分がなんてセコくて度胸のない人間なんだろうということが見えて嫌になるんですけど。
「博打に重要なことはひとつしかない。賭けようと思ったときに賭けられることと、降りようと思ったときに降りられることだ」
ほんとそれ。
これは、主人公の師のような存在となっていく謎の老人・劉さんの言葉です。
当たり前のことを言っているように思えますが、いくらかギャンブルをやったことのある人なら深く頷いてしまうんじゃないでしょうか。
出目の確率は五分五分であるはずの、丁半博打のようなバカラで出目の流れを読むことはできるのか?
そもそも「流れ」なんてものがあるのか?
そして「必勝法」は存在するのか?
『深夜特急』から時を経た沢木耕太郎が描く主人公が、バカラをどんなふうに考えてどんな選択をしてどんな結末にいたるのか。
わたしはそれを読みたかったんですね。
ところがですね。
バカラだけやってるんじゃ物語的にもたないって判断されたんでしょうか。
ところどころ挟まれる美女たちとの絡みや、マフィアとの闘いなど、サイドストーリーがいくつかあるんですが、それが安っぽいというかちょっとロマンチックすぎるというか。無駄だと感じるシーンが多いです。
特に銀河編の後半からラストの展開にかけては、おいおいおい、どうしちゃったの沢木さん、という感じ。
主人公がそこまでバカラに淫していく様子にあまり説得力がないことや、いくつかの謎が全部きれいに説明されすぎていることで「お話」めいてしまっていて、そこはちょっとがっかりでした。
物語に厚みを持たせようとすることが目的のサイドストーリーなんていらないから、もっと徹底的にバカラのことだけ読みたかったなぁ、と。
でもそれだけじゃ多くの人には読まれないんですかね…。
全体的に、沢木さんのロマンチシズムみたいなものがちょっと出過ぎた作品かなぁ、と思いました。
ギャンブルについての文章を読みたい熱が出たので続けてこれも読んでみました。
パチンコ、麻雀、競馬、カジノなど、あらゆるギャンブルについてのエッセイを集めたアンソロジー。
けっこう昔のエッセイも収録されていて、読んでてこっちが恥ずかしくなるような、時代を感じる文体の方もいらっしゃいます…。
わたしが好きな競艇については誰が書いてるのかな?と思ったら蛭子能収と横山やすしのみ。
いや、いいんですよ、いいんですけどね。他にも誰かいなかったかなぁ…。
わたしがまだギャンブルというものを何も知らなかった頃、タイトルに惹かれてなんとなく手にとったら競輪を題材にした小説でした。
競輪のことは何も知らなくてもめちゃくちゃおもしろい小説で、この本をきっかけに佐藤正午さんにハマりました。
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